【写真説明】今回と次回の記事は、牡丹社の紹介より、寧ろ現在の牡丹社を俯瞰できる牡丹池山(標高554メートル)が主役となる予定である。現在の牡丹村は、西側より、上牡丹、中牡丹、下牡丹の三部落から成る。牡丹国民小学校の幹線道県道199号線向かい側に牡丹公園なるものがある。そこに牡丹池山への登山口がある。そこから頂上付近を望むと赤白の鉄塔が突っ立っているのが見える。その名も発射台。これは山登りに飢えている人間には何とも悩ましい。最初にこの鉄塔を仰ぎ見た時は、或るいは往復1時間も掛からないのではないかと想像したのだが浅はかだった。二回目に挑戦した時も、二時間以内で往復と目標を決めたが大いに道に迷い、結局往復4時間の憂き目に逢った。左から二枚目写真は、牡丹池山登山道途中から、牡丹村全景、左から上牡丹、中牡丹,下牡丹の各集落。同写真奥、雲上に浮かぶのは大武山山塊。
現在の牡丹社は屏東県牡丹郷牡丹村である。パイワン語では、Sinvaudjan(シンボゥジャン)、漢音訳は通常は「新保将」が充てられる。日本時代から「牡丹」の字が使われてきたが、その由来を明確に記した資料が見付けられない。「恒春卑南古道(阿朗伊古道)−28」で紹介した、高加馨著、里井洋一訳(2008年8月)『Sinvaudjanから見た牡丹社事件』でもさらりと流されている。安倍明義の「台湾地名研究」にも出て来ないが、大方予想は付く。
「Sinvaudjan」の「vaudjan」(保将)の部分に「牡丹」を充てたに違いない。ここまでは良い。他方、牡丹とは誰でも連想するのは、鑑賞花卉類の代表としての牡丹であるが、逆に、改良の出発点となった野生の牡丹などまで思いを馳せる人は少ないはずだ。
今でも「牡丹」を地名表記として継続使用しているのには理由があると判ったのは、実に恥ずかしながらつい最近である。そもそも、野牡丹、つまり野生の牡丹を始終目にしていながら、それが牡丹であることをとんと知らなかった。
と、牡丹談義はここまでである。(続く)
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