2010年02月06日

『水の古道』南投県地利村−1

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【写真説明】濁水渓谷の壮大な景観を二枚。左写真はブヌン族バクラス社上方より卓社大山を望んだもの。バクラス社跡は同写真左手前の河岸。幾つかの建造物が見える場所。右写真は俗に「土虱湾」と呼ばれる濁水渓が削り出した渓谷美の一つ、16号線から望んだ。土虱とは通常鯰(なまず)とされているが、日本の鯰とは異なると思う。

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2010年02月13日

『水の古道』南投県地利村−2

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【写真説明】左写真は地利村の中に立つ日本時代開鑿のトンネル(水路)を指し示す道標。頭に戴くのはニワトリなのだが、地利村のブヌン語名は「タマロワン」、ニワトリの意だそうだ。昔々、地利村一帯は沼沢地で蚊が多くとても人の住める場所ではなかったのだが、或る日、ニワトリがやって来て蚊を全部食べてくれたという故事に基付くそうだ。左から二枚目写真はトンネル出口側。右から二枚目の写真はトンネルの出口側から入口側を望んだもの、右写真はトンネルが一番高くなっている部分の様子。

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2010年02月20日

『水の古道』南投県地利村−3

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【写真説明】左写真はトンネル入口側の構造。トンネルを出てきた水は一本の水路を伝いそのまま地利村へ入っていくが、この水路から直接取水している場所があった。それが中央写真。そこの構造物も日本時代のものだが構造そのものは写真では判りにくい。が、水の鮮烈なことが印象的。右写真は、最終的にはトンネルに出入りする水の源頭まで辿ってみたもの。

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2010年02月27日

『水の古道』南投県地利村−4

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【写真説明】今回はここに写る小動物達に敬意を表し、記事無しである。この三枚を掲載する為だけにまるまる一回分を空けた。地利村のトンネル内でお目に掛かった蝙蝠、蛙、蛇である。これらの生き物に出会えたのにも驚いたが、同時に驚いたのは、今時の低価格バカチョン・デジカメの威力である。こんなに見事に写るとは想像だにしなかった。残念ながら手元に台湾の動物図鑑が無い為、正式名称を特定出来ず。追って紹介することにする。翡翠色の蛇は毒蛇だそうだ。(終わり)
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2010年03月06日

『水の古道』南投県双龍村−1

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【写真説明】左写真は双龍国民小学校。校舎の壁に描かれているのはブヌン文字だそうだ。中央写真は双龍瀑布。現在の村名が先か、滝の名前が先か?滝の名前はその流れから来ているのだろうが、921地震で崩壊し随分滝相が変わったそうである。右写真はその滝から双龍村へ配水する為の水管を支える吊橋。同写真に写る山は水社山(標高2.059メートル)へ連なる峰々。水社山そのものの頂は未だに特定できずにいる。

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2010年03月13日

『水の古道』南投県双龍村−2

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【写真説明】もし双龍村を訪ねれば、双龍滝からの水を村に配水する日本時代に作られた構造物は、興味があればこのブログの読者にも丁寧に紹介されるはずである。左一枚目の写真は村に姿を表した滝の水とそれを運んできた水路。この水路を滝側に辿るとやがて二枚目の写真に見る落とし口に行き当たる。辿って来た水路より一段高い場所に設けられた水路から水を落とす構造である。三枚目は下段水路と直角に合わさる水路とその水路脇の階段、いずれも日本時代に作られたものが現役で健在である。右写真は、その階段を登り切りった部分から水路、及び階段を見降ろしたもの。

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