【写真説明】左写真は鵝卵石の海岸と多分形のいい大物を狙らい波打ち際に目を凝らす業者。同写真奥の突端は観音鼻。左写真はそんな鵝卵石を販売している省道9号線脇の或る「石屋」。
「鵝」と、日本で通常用いられる「ガチョウ」の「鵞」は異体字の関係にあり同義、要は鵞鳥の卵みたいな石がごろごろ転がっている海岸とイメージして貰えればいい。様々なサイズ、色、模様の卵形の石がずらりと海岸に打ち上がっている。又、波が打ち寄せる度に波打ち際でそれらの石がゴロゴロ擦れ合う音は卵製造器さながらだ。余りに見事な自然の造形にほとほと呆れ果ててしまう瞬間でもある。大概の人はここで自分の好みの石を採集するのに夢中になるし、同時に、大量に持ち帰り商売出来ないものかと考え始める。実際、鵝卵石の採集、販売は立派な商売になっており、省道9号線上には「石」という看板を掲げた店が何軒も出ている。但し、鵝卵石海岸はここだけを指すのではなく、台湾東海岸に何箇所も分布している。
更に海岸を北上し二本目の沢を渡ると観音鼻に行き当たる。入り口から4キロぐらいのところで、潮が満ちてくると歩けなく部分がある。私は潮の満ち干の時間には無頓着なまま行ったのだが、運良く干潮の時間に当たったようだった。当日、我々より先に入っていた古道探索のパーティーが三々五々戻って来るので聞いてみると、その先から達仁方面へ抜ける山道になるのだが登り口が見付からないと聞かされ我々も引き返すことにした。とにかく猛烈に照り付ける太陽にへとへとになっていましたので良い口実となった。
北側起点の達仁から入ると、南田という南北に伸びた小さなパイワン族の村を通り抜け4キロぐらいは車で海岸線を南下出来る。ここも入山管制区なのだが、牡丹湾と同じように入山証を提示する必要はない。検査所から入り南田を通り抜ける道路も阿朗伊古道ということになる。最後は廃棄された牧場に突き当たり観音鼻が見える。丁度達仁郷と牡丹郷の境界になる。ここからは26号線の予定地になっている道路が山側に続いている。
ここら一帯もまだ鵝卵石海岸になっており、当日石採集を生業にしている人に出会った。波打ち際まで出て海の方を睨んでいたので、恐らく「西瓜(スイカ)石」でも探していたのではないか思われる。この古道上の鵝卵石海岸でスイカ石が見られるという紹介を読んだことがあるが、この台東県の名産、今は取り尽された為海岸で見付けるのは至難の業、海に潜り海底にスイカ石を求めるのだそうだ。実は鵝卵石の中でどのような特徴を有するものをスイカ石というのか私ではいまだに判然としないのだが。(メルマガ「台湾の声」2006年9月30日掲載分の一部を改編:次回へ続く)
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