【写真説明】清代に開鑿された部分は現在山中にあるものを除けば、すっかり市井の中に埋没してしまった。開鑿から130年以上も経っているので当然である。それでも清代開鑿の起点である南投県竹山鎮内の自動車道脇に、写真のような看板を見付けたので入ってみると観光客誘致用に煉瓦敷きの道路が出来ていた。或る竹細工(竹山は台湾で有数の竹の産地)の工房へと導かれるようになっている。これが単にご愛嬌なのか、実際嘗ては清代に開鑿された道路だったのか、俄には断定しがたいが、この場合は後者であろうというのが筆者の贔屓目である。
八通関古道といっても実際は清時代に開鑿されたものと、その後日本時代に開鑿・整備されたものとがあり、現在「八通関古道」の名で整備され登山道として歩かれているのは後者の方だ。清時代に開鑿された古道は今や専ら学術調査団の研究対象としてしか成り得ないぐらいにその遺構が草叢に葬られてしまっている。これに対し日本時代の古道は当時のブヌン族を監視する警備道であり、加えて、戦後金鉱採掘の商業道としても使われた経緯があり、歩道としては整備が行き届いており、今は玉山国立公園の一部として管理されている。尚、「国家一級古蹟」に指定されているのは残存する清代古道遺構、後で紹介する清代古道沿線に残る石碑群、石柱、出土物のみが対象、日本時代古道は対象になっていない。(>(メルマガ「台湾の声」2005年4月26日掲載分の一部を改編)次回へ続く...)
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