2020年12月19日

壽山古道−6:「哨船頭古道」−4:「龍目井」

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【写真説明】左写真に写る柴山こと寿山への最も伝統的な登山口は鼓山区龍井里にある万寿山龍泉禅寺横にある。ハイカーの登り降りの洪水の切れ目を狙って撮影したら、却って高雄人のこの山への愛情が霧散してしまった。この登山口は寿山古道の内、内惟越嶺古道の東側起点ではないか?と筆者は睨んでいる。その登山口脇(左写真の日傘下)に格子状の蓋を被せた水路(中央写真、登山口を背にして撮影)があり、通常はそこを「龍目井」と呼んでいるようだが、実際の水源地は山中のはずだ。右写真は登山口に至る道路の一つ、「青泉街」の指導標、その意味する所は本文記事を参考にして欲しい。

今回と次回の投稿は、前回紹介した「打水」と併せ「寿山−水の古道」編と云う取扱いにし、暫く哨船頭古道から離れることにする。それでも、「壽山古道−2」で紹介した4本の古道の何れかから些かも離れてはいない。今回は前回触れた寿山内のもう一つの湧水地「龍目井」を紹介する。

龍目井は高雄市のハイカーには余りにも当り前である。柴山こと寿山への登山口は一体幾つあるのか?多数と云うしか言いようが無い。市街地に面した東側山裾と台湾海峡に面した西側山裾、各々が複数の登山口を擁しているのだが、国家自然公園「公認」の登山口に限れば、東側に二箇所ある。一つは恐らく最大数のハイカーが利用する高雄市動物園下の南寿山登山口と呼べるそれであり、もう一つはそれより北側の鼓山高級中学付近にある北寿山登山口だ。

しかし最も伝統的な登山口は後者から更に北側の廟堂が立て込んだ辺りにあるもので、その登山口横に流れ込んできているのが龍目井と呼ばれており、付近は「龍巖冷冽泉」と冠せられた親水公園仕立てになっている。普段はその水は涸れ果て青ノリが張り付いた見慣れた溝川紛いだが、台風の後は泉水が迸り出る。その脇には万寿山龍泉禅寺と云う名の大伽藍が起立しており、龍泉は龍目井の湧水から来ているのだろう。近くには筆者がこの登山口を利用する場合にバイクを停める別の大伽藍、鼓山龍目井龍泉宮と云う更に直接的な名の廟堂もある。

二十年前、筆者が初めて寿山に登った時利用したのもこの登山口、狭いコンクリートの階段を登ると両側にハイカーに登山用具、飲料水、食事を供する数軒の商店が軒を立てており、その先にはこれも登山用品を広げた露天商人がのんびりとハイカーを迎える。

ここら附近の車道は「青泉街」と云う名が付けられている。「清」では無く「青」と云うのは意味がありそうだ。鼓山高中の裏側にある北寿山登山口駐車場出入口には普通の水路に小さな橋が渡してあるが、微かに硫黄の匂いが漂う。そう日本時代、高雄温泉と呼ばれた冷泉、今は些かの面影も無いが、嘗ては「高雄温泉館」が立っていたそうだ。従って、前出の「青」は龍目井の清流と高雄温泉の硫黄の色を掛け合わせのではないか?と云うのが筆者の見立てだ。

以上、殴り書きになってしまったが、このダイヤグラムで整理していただきたい。(続く)


posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(0) | 壽山古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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