【写真説明】国家歩道としての安通越嶺古道西段の開通は2008年、東段開通は2014年12月である。『安通越嶺古道−2』で具体的に東西段の距離をリストアップしたが、東段の整備が遅れたのは明らかに山深いからである。丁度東段開通と時を同じくして、即ち、2015年の元旦に東段の起点だけを探し出そうとして竹湖村に入り込んでみたのだが、国家歩道を示す一切の標示物に行き会え無かった。但し、東段が開通したと云う知見は一切無かった。偶々である。水牛牧場を後にし、走り回っている内に、竹湖村の中心地と思しき場所に入り込み、そこで或る住居の壁に手書きの竹湖村案内図を見掛けた。仔細に眺めていたら安通越嶺道の記載を見付け、大いに満足した。筆者の土地勘を喜んだのだ。既に夕方、その地図に沿い暫く車道を走らせ適当な場所で折り返して来た。下掲右写真に写る最後方の稜線が海岸山脈。それで第一回目の安通越嶺古道東段の踏査を完了した。(続く)
2016年12月24日
安通越嶺古道−10
【写真説明】国家歩道としての安通越嶺古道西段の開通は2008年、東段開通は2014年12月である。『安通越嶺古道−2』で具体的に東西段の距離をリストアップしたが、東段の整備が遅れたのは明らかに山深いからである。丁度東段開通と時を同じくして、即ち、2015年の元旦に東段の起点だけを探し出そうとして竹湖村に入り込んでみたのだが、国家歩道を示す一切の標示物に行き会え無かった。但し、東段が開通したと云う知見は一切無かった。偶々である。水牛牧場を後にし、走り回っている内に、竹湖村の中心地と思しき場所に入り込み、そこで或る住居の壁に手書きの竹湖村案内図を見掛けた。仔細に眺めていたら安通越嶺道の記載を見付け、大いに満足した。筆者の土地勘を喜んだのだ。既に夕方、その地図に沿い暫く車道を走らせ適当な場所で折り返して来た。下掲右写真に写る最後方の稜線が海岸山脈。それで第一回目の安通越嶺古道東段の踏査を完了した。(続く)
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