2015年12月19日

パイワン族秘道−91(旧古華、コワバル社?:現屏東県春日郷古華村)−2

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【写真説明】大漢林道14キロ地点に同林道支線の分岐点があり、そこからこの支線を半時間程辿り、途中から山腹に取り付き二十分程で具馬奴と云う奇妙な山名を持つ頂上に至る。左写真はその林道分岐点脇に残されている具馬奴山登山口の目印。ペンキで同山名が記されていたようだが剥落している。中央写真は、林道支線の入口付近の様子。右写真は頂上直下の登山道の様子。古い布条(登山クラブ名などを印刷した布製、ビニール製の目印)しか見当たらず、知る人ぞ知るの低中級山である。

今年八月に高雄で新職を得てからこの方、とにかく新しい仕事に対する不安感に苛まされ、第二の故郷とも呼ぶべき(筆者の前世は台東県蘭嶼で生を受けた?)台湾に戻って来れたという喜びを噛み締めるような心のゆとり無し。連休はある、でもそれを台湾百岳登りに費やそうと云う気すら沸いて来ない―それでも、週末はなるべく屏東の山の中に身を置きたいという思いだけは何とか維持出来ている、というか最後の砦か?

これまで屏東の山々は良く入り込んで来たと思うが、未踏は五万とあり、又一度は登ったが殆ど印象に無い山々も多い。今の時期は三千メートル峰よりそんな山々をローラー掛けしているような塩梅で、出来るだけ台湾古道、台湾原住民族との関連で、このブログで紹介して行くのが筆者の希望である。

割肉社の音訳がコワバルと云うのは正解だと思う。『台湾全覧』では旧古華から南東に直線距離で約二キロの位置に割肉社の記載がある。割肉社南方には具馬奴山という標高1,111メートルの山があり、この頂上から林道(農路)が割肉社まで延びている。

具馬奴山への登山口は、リキリキ社と旧古華への降り口、大漢林道13キロ地点から更に大漢山(日本時代の大樹林山、標高1,688メートル)寄り1キロに別な林道が口を開けており明瞭、嘗て浸水営古道たる大漢林道を頻繁に往復している時分から知っていたが、未踏、市販地図ではほんの少しだけ歩けば頂上に至ると踏んでいたので食指が動かず。

今回、旧古華探訪は短時間で切り上げられたので、序でに登ってみた。林道分岐から半時間もあれば往復出来るだろうと嵩を括っていたが、たっぷり一時間掛かった。自己の見積もりと大いに異なると、譬え短時間でも酷く疲労感がある。どんな低・中級山でも簡単には登らしてくれないなあ、が正直な感想。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
“前世は蘭嶼”、またボートを漕ぎますか?

最近はあまり原住民族に関する情報を見てないのですが、“具馬奴山”や“肉割”は初めて目にする名前です。が、浸水営古道とか大漢林道の名を聞くと、また相思樹で全山が黄色の景色を見てみたいと思います。

時々の気持ちに従ってあまり無理をせず、それでも書き続けられる事を期待します。(矛盾するかしら?)
Posted by メイウェンティ at 2016年01月18日 21:42
そうですね。新しい場所を求めて四苦八苦するより、昔訪ね歩いた、印象に残っている場所を再訪するような巡り方が良いと思うような年齢になりました。再訪とは行っても一回しか訪ねたことのない地は、過去のイメージとは大きく掛け離れ驚くことが多いです。(了)
Posted by 玉山 at 2016年01月23日 12:33
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