2015年08月08日

六亀特別警備道−9

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【写真説明】高雄市茂林区、ルカイ族が集中する同区の入口に位置する茂林村(マガ社)は六亀警備道の最南端になる。今回掲載した写真は、同村の北側に位置する南真我山と更に北側の真我山間の稜線上で撮影した六亀警備道の現状と、既に約百年を経ても当時の精緻な工法を今に伝える警備道両端を補強する石塁である。本ブログ掲載写真は480x360ピクセルで統一されているが、今回は600x450ピクセルの縮小で掲載した。尚、「真我」はそのまま「マガ」と日本語漢音読みす可き。

既に約二箇月遅れの記事投稿なのだが、これには大きな理由、筆者の個人的な転機に遭遇し、台湾古道、台湾百岳どころの話では無い状況に直面したからである。

2007年9月から職場を中国蘇州に移し大凡八年、左側メニューの「過去ログ」を見て頂けると判るが、本ブログ記事の殆どは蘇州からの発信、同メニュー「ブログ主宰者」のコメントからも大分長い間記載していた「高雄市在住」の部分を削除した。

今、この記事はその正に「高雄市在住」の筆者が書いている。つまり八年振りに台湾高雄市に舞い戻って来たのだ。

職場が台湾に移る話が出たのは、去る六月末、即断した。蘇州での仕事の引継ぎ、アパート退居、台湾居住・就労の為の諸手続き、アパート転居。。。爾来一箇月で熟し、八月頭からの台湾での就労開始を完了させた。今年十月の誕生日で五十七歳、通常の定年まで三年を残すのみの心と体には堪えた。

本ブログは、2006年7月、「六亀特別警備道」から筆を起こした。恐らくは余生中、一大転機だったと回顧するであろう台湾復帰を祈念すべく、2015年8月、再び「六亀特別警備道」から筆を起こすことにした。蘇州に居ても休暇を利用し台湾古道探訪は繰り返して来たが、まさか日本時代開鑿の原住民族管制を目的とした所謂理蕃道の中でも初期の部類に入る本警備道を再び探索出来る機会に恵まれようとは夢だにしなかった。

では、欣喜雀躍?とんでも無い。。。蘇州での最近の二年弱は、不眠症と鬱的な症状に悩まされ、台湾に舞い戻ったとは云え、今度は不眠症だ鬱病だと御託を並べている暇(いとま)が無い程に、新たな仕事上のプレッシャーに悩まされている。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 六亀特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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