【写真説明】上段左写真は、安坡村、旧アンバカ社起源の集落入口、路側帯壁は、極彩色で単調にならないように工夫された色々なパターンがペンキ塗りされており、その一例が同中央写真。同右写真は安坡村目抜き通り脇に立つ、同村観光名所案内標。下段左写真は安坡長老教会、協会の紹介と云うより同写真手前に写り込んだコンクリートの壁のペンキ塗りのパターンが鮮やか。同中央写真は、口社国民小学校安坡分班旧址、小学校跡地、安坡村の中央部に位置しているので不思議な空間。同右写真は、安坡村部落学習教室。
アンバカ社はパイワン族ラヴァル系の大社、トア社(現在は大社)から別れた集落だった。同村東側に聳える山は庵婆加山(標高894メートル)の日本語漢音表記になっている。『台湾原住民族資訊資源網』に記載された安坡村の由来は悲しい物語だ。同解説の中では「凄惨」と表現してある:
「トア社最古老の平民Takiva家の男子が、大頭目Talimalau家の命で頭目の嬰児の面倒を見ることになった。その嬰児を背負っている最中に、誤って嬰児の頭を穀倉下に置かれた円形の鼠返し石にぶっつけてしまい、嬰児を死なせてしまった。激怒した頭目は、Takiva家の男子を生き埋めにするよう命じた。この頭目の横暴を目の当たりにしたトア社の一部の人々はもうTalimalau家と同族であることを望まず、有名なLingats家の男子に率いられ、現在の安坡村から南東に約六キロの場所に移遷した。」(続く)
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