【写真説明】右写真は、省道24号線上に設けられた検問所、入山証の提示を求められる。同検問所は、西ルカイ族の主要居住地である霧台郷並びに、パイワン族最北の集落、トクブン社並びにトア社への出入口になる。中央写真は、その検問所から望む雄壮無比の北大武山山塊。右写真の左側山塊上部に写るのは、神山村(カバララヤン)直下の省道24号線から俯瞰した徳文山、屏東郷道31号線、そして徳文村集落、同山塊下部の道路は右側山塊上の新暮佳村に至る道路で、「ルカイ族秘道−23:ラブアン社(大武村)」で掲載した写真と同一地点から撮影。
2014年6月に日帰りで西ルカイ族の集落を速攻探訪した記事は前回投稿で完了した。これから数回は、同日の終わりに訪ねたトクブン(徳文)社とトア(大)社の記事を掲載することにした。どちらもパイワン族の古い集落であり、省道24号線から分岐した屏東郷道31号線が唯一の自動車アクセス道路という不便さであり、パイワン族群の中で最北端に居住する。
尚、今回紹介するトクブン社は「パイワン族秘道−6:トクブン社(現屏東県泰武郷泰武村内) 」で紹介した部落とは別物であり、「トクブン」と言えば、通常は三地門郷のそれである。
トクブン社は、元々は約二百年前ブタイ社のルカイ住民が隘寮北渓を越えて移遷してきたのが始まりで、定住した地がパイワン族頭目の所有する土地だった関係で、その後パイワン族との混血が進み、今はパイワン族集落に分類されている。
省道24号線は三地門市街地を抜けて霧台方面へ走り始めるとるぐんぐん高度を上げるが、一旦その高度が落ち着く辺りに、三徳検査哨(検問所)が設けられ入山証の提示を求められる。同じ24号線沿いの遥か下側の三地門警察署で入山証の当日取得は可能だが、大概の遊楽客はこの検問所で取得するのが普通だ。最近は圧倒的にサイクリストが多い。
三徳検問所は主に霧台方面(霧台郷)への出入口であるが、まだ三地門郷内、省道24号線が実際霧台郷へ跨るのは谷川大橋で隘寮北渓を渡る時である。三徳とは三地門−徳文の略称だが、前述したように省道24号線自体は徳文へは向かわず、代わりに郷道31号線がその役を担う。
三徳検問所を通過し24号線を暫く進むと、既に投稿済みの「パイワン族秘道−68:ダラダライ社(現屏東県三地門郷達来村)」で始まる達来村に至り、更に進むと郷道31号線との分岐に至る。この分岐点から徳文村までは5キロ程度、更に大社までは+7キロ程度、つまり31号線全長は12キロ程度あるのだが、山中の十二キロは実に長い、従って山深さが身に浸みる。
徳文村は標高800メートルに位置しており、集落は実によく目立つ徳文山(標高1,246メートル)の東側山麓にある。徳文山−徳文村−郷道31号線は三点セットで、これまで紹介してきた西ルカイ族の村々の天空上、その存在を鮮烈に印象付けている。つまり、何処からでも眺望出来るのである。逆に言えば、徳文山は西ルカイ族集落を睥睨しているような塩梅だ。
筆者が初めて徳文村を訪ねたのは2002年6月、目的は徳文山に登ること。爾来何処かで少なくとももう一二回は徳文村を訪ねた、或いは通過したと思い込んでいたのだが、実際はどうも2014年6月、十二年振りに再訪したというのが正確らしい。(続く)
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