【写真説明】左写真は対高駐在所跡全景。台中から来たと謂う英語学校のインストラクター三人が野宿の後片付けをしていた。中央写真は、セメント塗の床、駐在所遺構と思われるが、或いは戦後のものかもしれない。右写真は、東埔温泉側からの駐在所への上がり口で、当時の風貌を残す。下掲左写真は、英語のインストラクターのお供のメスの台湾犬。彼女の名前を不覚にも思い出せず。同右写真は、対高駐在所手前(東埔温泉側)の古道惨状。
対高駐在所跡に対する筆者のこれまでの視覚的記憶とは、ちょっとしたセメント床が覗いた、上から覆い被さる樹木のお蔭で薄暗く、且つ狭い平坦地に僅かばかりにアクセントを添えているのは、低い里程標のみ。。。今回、大概の日本時代の駐在所の立地がそうであるように、舞台に上がるような塩梅にちょっとした登り口を上がると、陳有蘭渓に落ちる谷側の部分の樹木は大きく刈られ、酷く明るい広い平坦地が広がっており、一瞬くらくらしてしまった。そこでは、台中市の然る英語学校の三人のインストラクターが野宿の後片付けをしている最中だった。
数人用のテントのように然程嵩張らないものを放り込んで、何かで蓋をしておけば丁度手頃な物置き替わりになりそうな浅い人工の穴が、曾て駐在所が建っていた地面に掘られていることに気付いた。これまで見逃して来たものだ。対高駐在所の遺構の一部なのだが、オリジナルの用途は判らないし、これ以外に目立った遺物は残念ながら見当たらない。登り口の石塁ぐらいしか残っていない。(続く)
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