2012年12月01日
蘇花古道−21(大南澳越嶺段−4)
【写真説明】蘇花古道と、旧省道9号線(省道とは今の台湾では実質国道の意味)との出会いの風景四枚。何回か記述したが、旧省道の大南澳嶺越の段は、日本時代の蘇澳−花蓮間を結ぶ道路の最終形態である自動車道「臨海道」を襲った部分である。従って、この部分は、今現在は物理的には二本の道路が交差しているが、歴史的には三本の古道、清代末開鑿の後山北路、日本時代の臨海道、そして戦後の省道が交叉していることになる。この旧自動車道が最終的に廃棄されたのは1985年と謂うから、ここに写るのは優に二十五年後の姿である。
左写真は、旧省道を横切り更に古道北側を目指して登りに掛かる部分から今しがた登って来た南側古道を望んだもの。左から二枚目は、交差点付近に残る9号線脇の小架橋、三枚目は中央部に亀裂が出来たアスファルト、右写真は腐食したカーブ・ミラー。。。往時の自動車道が樹木に埋没する過程は、古道形成の過程から観れば、消滅ではなく再生の過程で、ここに掲げた写真群のはその再生を形成するものの一例である。
廃墟が齎す美に関する書籍・記事・サイト等は現代日本には溢れ返っている。マニアックで骨董趣味的なブームと呼ぶ可きか?以前「浸水営古道−13」のコメント欄で若干言及した谷川渥著『廃墟の美学』(集英社新書)は、この手の論としては一般向けの手頃な入門書だろう。集英社の宣伝に曰く「「廃墟」とは何だろうか? その独特な雰囲気や美は、どこから生じるのだろうか─。本書は、廃墟が歴史的にどのように登場し、時代と場所の違いに応じてどのような変容をかさね、いかなる人物が廃墟概念の成立にかかわってきたのかを、詳細に考察していく。廃墟の視覚的表象を中心に、関連するさまざまな言説を分析しながら、廃墟の本質を明らかにする。著者の廃墟論の集大成であり、知的刺激にみちた「廃墟の表象史」、廃墟学入門である。」2003年の著作なので相当古い。
変り種では、私は少し驚いたのだが、日本土木学会発行の『土木史フォーラム第37号』 のフォーラムは「産業遺産と廃墟景観」である。この論文の中でも上記の谷川氏の著述は引用されている。明らかに旧省道9号線は産業遺産である。因みに、同フォーラム号の中で、「パッテンライ!!南の島の水ものがたり」と題した八田與一と嘉南大[土川]の紹介もある。
交差点で見付けたもう一つのものは、前回記事で紹介した台湾総督府埋設に為る図根補点と同様、明らかに日本時代に埋設した石標(下掲左写真)である。かなり深く土中に没しており石標に刻まれた文字を確認してみる気力が起きなかったが、以前、八通関古道東段途中で少なくとも二基確認したもの(下掲右写真)と形状が同一であることには気付いていた。八通関古道東段に残るものは「台湾総督府交通局遞信部」に依り埋設されたもので、当時沿線に電信網が引かれていた証左である。(続く)
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