【写真説明】「日本統治」―左二枚はパイワン族独特の石塁の立派な階段を従えたコンクリート製の門柱。右二枚は官舎群のコンクリート土台。門柱にしろ、土台にしろ、これらが嘗て何の建物だったのか?は、当時撮影された写真(が残っていれば)を丁寧に見ていけば判るのではないか?と思えるぐらいによく残っている。本文記事下に当時の内文駐在所の写真を掲載した。左から二人目が頭目、台湾ではよく知られた一葉である。門柱は官舎群のほぼ中央部に位置しているので、駐在所入口だったかもしれない。
南蕃騷擾殉職警官碑に行き着く前に阮理事長がまず見付けたのは、上掲の門柱である。向かって右側の門柱に刻字跡があるのだが判読不能。門柱が立派ならそれに至る階段、その両翼の官舎群を支える高さ1.5メートル程度の石塁も見事に残っている。この石塁は実は二段になっており、下の段は更に高さが高く、その二段目下に内文社に至る道が付いていた。もともと時間が押していたというのもあるのだが、官舎群を歩き回り写真を撮るのに忙しく、内文社跡そのものには降りずに帰路に付いた。果たして再訪のチャンスがあるかどうか?(続く)
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