【写真説明】「出迎え」―左写真は内文社入口でまず我々を迎えてくれた茄苳(アカギ)の巨木、その横には榕樹(ガジュマル)の巨木も同時に侍っていた。右写真はこれらの巨木も併せ嘗て日本時代の官舎群が軒を並べていた場所で、旧内文社の最上部に当る。
以前明らかに産業道路として拡張した道幅の広い道路が下りに掛かり、それが降り切った場所はコンクリートの基礎が整然と残った広場だった。そこでまず我々を迎えたのは樹皮全体に薄い緑の苔を纏った巨木であった。茄苳樹(かたん、アカギ)である。茄苳については、以前本ブログ「パイワン族秘道−20」で簡単に紹介したことがある:
「本来の産業道路の終点は沢が流れ込んでおり、茄苳樹の大木がある。原住民には大事にされている樹だと誰かに聞いた。森丑之助も見ているはずだ。樹の袂には祭壇が設えられ樹中の空ろの中にも小さな祭壇がある。ここでも米酒で祈りを捧げ先を歩く。」
其の時は、ロマンチックに「森丑之助も見ているはずだ。」などと嘯いていたが、そのボガリ社近くのアカギも巨木だったので、容易に樹齢数百年ぐらいと素人判断していたのだ。そんなことを阮理事長と話していたら、「この樹は成長が速い。自分が高校の頃ここで働いていた時は、この樹は無かった。当時はここまで車で入れた。」という意外な話をしてくれた。ということは、森丑之助も見たという部分は削除する必要がありそうだ。
このアカギの巨木の傍には同時にガジュマル(榕樹)の巨木もあったが、今現在私が立っている場所は内文社の集落跡ではなく、集落上部の、当時の日本人に依り設けられた台湾原住民部落の中でも恐らく有数と想像される規模鴻大な官舎群、現今の行政センターとも言えるべきものだ。(続く)
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