【写真説明】廻頭湾入口から約3キロ付近から過去数度の台風に依る梅園竹村歩道の大崩壊部が始まる。崩壊が始まる部分には今でも左写真の「前方歩道大崩壊に付き人、車両進入禁止」の警告板とその右にはカラー写真入りの公告が掲げられていた。この公告は2010年9月、モーラコット台風から約一年後のもので、写真は大崩壊部を過ぎて更に歩道前方に掛かる忠孝吊橋の約一年前の惨状である。写真二枚目、三枚目は崩壊部入口と出口付近各々から歩道を望んだもの。
上掲写真の警告板は余りにも生々しく突っ立っているが、歩道上に進入を阻むようなテープとかロープとかを渡してあるわけではないので、とにかく先を進む。すると私の進行方向前方から、トクトクとトラクターがこちらに向かってくるのが聞こえたので、ああ、通行可能なんだと安心した。その中型トラクターはキャベツを満載しており、挨拶をしてそのままやり過ごした。
崩壊部は歩道の上下とも全く惨々たる状況で、崖上に辛うじて道を通してあるが、一旦大雨が降れば忽ち道路自体が滑り落ちてしまうぐらいに心細い。雨の降っている時、その後、それに加え夜間、落石に遭えば一巻の終わりだ。とにかく足早に通り過ぎた。
さて、トクトクとトラクターは私の横を通り過ぎたが、その後暫くして、目を剥く様な事に気付いた。そのトラクターの荷台に付けられたタイヤの谷側の轍の一部分が所々心細い路側から外れている。谷側は垂直の崖がタウサイ渓に落ちている。いやはや凄まじい生活をしているなと驚嘆した。下の写真がそれである。(続く)
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