【写真説明】左写真は梅園竹村歩道最初の吊橋である清流吊橋。以前の橋柱の直近にもう一つ新たに橋柱を立てていた。中央写真はその清流吊橋を過ぎてやがて梅園竹村歩道と蓮花池との分岐に至ろうとする場所から清流吊橋方面を振り返ったもの。旧警備道がどういう場所に開鑿されたかがよく判る。右写真はその分岐、嘗て梅園駐在所が置かれていた場所へ向かう途中にある道標。
梅園竹村歩道上の地名は;
廻頭湾−下梅園(山里)−上梅園(竹村);
の順番である。日本時代は;
梅園駐在所−山里社−タウサイ社;
の順番だった。我々は今、梅園駐在所跡、即ち梅園竹村歩道と蓮花池歩道の分岐を目指している。
梅園竹村歩道の全長10キロ弱の歩道上には、四つのモダンな吊橋が以下の順番で掛かる;
清流吊橋−忠孝吊橋−仁愛吊橋−陶塞吊橋
何人、何戸の為の橋かと思い至る。。。各所に日本時代は所謂鉄線橋が掛けられていたはずだ。(続く)
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