2006年08月16日

六亀特別警備道(扇平古道)−7

Kodou-7.JPG【写真説明】東海道五十三次への最後の拘泥。写真は「森山」気象站又は測候所。「鳴海」山(第四十宿:標高1,411メートル)と「御油」山(第三十五宿:標高1,476メートル、写真左奥の一番高い山)の鞍部にある。木の柵はこの簡易の測候所を囲んでいるように見えるが、実は駐在所遺構を忠実に囲んでいるのである。駐在所の正面、即ち玄関は写真右側、門柱を受ける小さな土台が二つ見える。写真では見えにくいが、左側柵の奥には別な一辺約1.5メートル程の四角の柵が設けられており、祠が安置されていた場所と思われる。

扇平森林生態科学園の説明ではここは「森山」駐在所跡とのことであるが、東海道の宿場に森山は存在しない。但し、明らかに日本風な呼称だ。この森山は「岡崎」(第三十八宿)と「池鯉鮒」(第三十九宿)との間に存在していたことになるが、どうも当時から森山の名で呼ばれていた形跡がある。森山の名は他に扇平林道の途中に設けられた検査所(六亀警察署の分署)に付けられている。

又、科学園内に設けられた遊歩道上に藤川園区と名付けられた場所があり、科学園から測候所を経て鳴海山に到る登山道の最初の休憩所になっているが、当時の警備道から大きく外れているので何故「藤川」(第三十七宿)の名が残ったのか不明。

写真奥が北側、撮影者の背中が南側、この測候所下には林道が上がってきておりこの林道を少しだけ北に辿ると御油山への登山口になり、御油山への登山道はそのまま当時の警備道である。測候所は又前述したように鳴海山への登山口の一つでもある。このように、現在の山行者は古道を意識して歩いているわけではなく、特定の山への登山道が偶々当時の警備道であったというに過ぎない。因みに、扇平科学園内の説明は、特別警備道の語を用いず、隘勇線(あいゆうせん)で統一してある。(終わり)
posted by 玉山 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 六亀特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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