【写真説明】平和部落、ルクダヤ社は、平静部落から北へ2キロ弱の場所にある。左写真は部落の俯瞰、奥に写る立派な峰を持つ濁水渓対岸の山はそのものズバリ、三角峰(標高2,376メートル)、日本時代からそう呼ばれていた。合歓山に至る現在の中部横貫公路(中横)霧社支線はこの三角峰の西側、同写真に写る峰の向こう側を巻いている。同峰南面下は嘗て「追分」駐在所が置かれていた場所で、現在は翠峰と改称され同場所に派出所がある小さな村を形成している。右写真はルクダヤ社内で見掛けた「高脚屋」(のはず)、日本だと高床ということになろうか?以前大安渓沿いのタイヤル族の村々で目撃したことのあるのは観光客を意識した複製だったが、このルクダヤ社のものは現役の倉庫である。「北坑渓古道−6」に掲載した写真と記事を参照にして欲しい。ここのオリジナルの集落は霧社事件後、他所に強制移遷させられている。(続く)
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