2010年08月14日

パイワン族秘道−35:四林格社(シナケ社)−2

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【写真説明】左二枚は「カセバカン」社入口に立つパイワン族男性の人形と丁寧な案内板。歩道全体図(左)+旧社住居配置図(右)が描かれている。これ以外にも、入口公園と旧社跡には案内板が適宜設置され、私がこれまで尋ねたパイワン族旧社の中では探訪者向けの整備が最も充実しているのに驚かされた。三枚目は歩道の様子。右写真は旧社入口付近から望む牡丹ダム。同写真中央やや上の白と褐色の部分。

タイトルを前回の四林格社(シナケ社)のまま延用しているのだが、これが正しいのかどうかは判らない。今回と次回紹介するのは、実際は四林格社とは全く異なる場所に残る旧社跡で、本来なら「カセバカン(Cacevakan)社」とすべきなのかもしれない。私の手元にある資料ではこの旧社名は探し出せなかった。四林格社のタイトルを継続させたのは、現地に立つ案内板に、当地は「伝え聞く所に依ると、四林村の伝統領域範囲」と説明されているからだ。四林格社の遥か北側に位置するのだが、その間には、八瑶(バヨウ)社、高士佛(クスクス)社等が散在しており、現在の地図を見る限り、カセバカン社とシナケ社を結び付けるのは難しい。

恒春半島を東西に横断する自動車道は三本ある。南から、恒春−満州−八瑶湾を結ぶ県道200号線、車城ー四重渓温泉−石門古戦場ー牡丹湾を結ぶ県道199号線、そして、楓港ー達仁を結ぶ省道9号線である。以上の関係は、恒春卑南古道俯瞰図を参考にして欲しい。又、これら三本を南北に繋ぐ間道の役割を果たしている自動車道も同時に存在する。

四林村旧社を尋ねた翌日は、女仍(ニイナイ)山に登るべく200号線を北上、199線を経て省道9号線に入り同線の沿線にある台湾小百岳の一座である同山の登山口を目指した。200号線と199号線を結ぶ間道に郷道172号線があり、これを利用した。200号線側の満州郷八瑶村と199号線側の牡丹郷石門村を結び、途中、現在はクスクスの代わりに単に高士と呼ばれる村を経由していく。

199号線と172号線は石門村にある牡丹ダム付近で合流する。屏東県では最大のダム、台湾のダムの中では最高の建設費を投じて建設されたそうだ。その合流地点の手前、199号線脇に、パイワン族男性の大振りの人形が立ち、公園が設けられ、旧社の案内板が立つ。実は私は過去何度かここを通過したことがある。そこが或る旧社への入口であることも知っていたのだが、一体どのくらい山に入り込めばいいのか、見当が付かなかったので、踏み入るのを躊躇していたのだ。今回、案内板を丁寧に読んだら、二十分程度で旧社跡に辿り着けるとある。これなら、その旧社を尋ねてもまだ女仍山に登る時間は十分にあると踏んで、駆け登った。

その公園と旧社との間を一本の歩道で繋いでいるのではなく、環状線になっていたが、復路の方は、旧社下の部分が大きく崩れており、往復同じ歩道を辿る羽目になった。旧社からは正面に牡丹ダムが望めた。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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