【写真説明】左写真はイノシシの足跡、これは現代の日本人でも珍しくないものだと思う。イノシシが増えすぎて農作物の被害が甚だしい地域が日本には多数あるようだ。なにせ日本のイノシシは海を泳いで島に渡り繁殖するそうだから。台湾のイノシシもそんな話を聞けば驚くと思う。中央写真は、以前の記事で紹介したイノシシの産褥。ボガリ社の頭骨架前で写したもの。右写真は、古びた掘削機と思しきもの。この説明は本文を読んで欲しい。
[ボガリ社](現屏東県来義郷望嘉)-5
日本軍が残した金塊探しの場所があるというので連れていって貰った。車を停めた場所からプツンロク社側へ少し戻った所に谷側へ降りる別な産業道路が付けられていた。少し下ると明らかに漢人に依って建てられたプレハブの廟があり、今でも管理されている。その直ぐ下には作業小屋がありその軒下に錆付いた掘削機と思しきものが放置してある。理事長が子供頃に宝探しは始まったらしい。その掘削の規模は相当なもので、平地だった場所が深い谷に変わってしまったと言う。試しに後でグーグル・アースで見てみたらそれとはっきり判る亀裂が見て取れる。恐らく廟はその時に建てられたもので、朝晩金塊にぶち当たるように祈ったのに相違ない。全く金(きん)の魅力は偉大である。
理事長も運転手さんも道を歩きながら目を凝らしているのは猪(いのしし)の通り道である。これは暫く注意して見ていると素人でもそれと見て取れる。その夢の跡に下る途中の道端に数箇所ステンレスのワイヤーを使って罠が仕掛けてあるのを初めて見た。猪がそこを通れば自然に締まる仕組みになっているのだと思う。ボガリ社の頭骨架の下に蕨類と思われる白く変色した草様のものが丸い座布団のような形で設えてあった。猪の産褥だという。これは素人には判らない。(>(メルマガ「台湾の声」2008年10月18日掲載分の一部を改編)次回へ続く...)
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