【写真説明】左写真は旧リキリキ社への降り口に立つ指導標で、2005年11月の撮影。同じ場所を2008年6月に撮影したのが中央写真。指導標は筆者のへ背中側へ移動した。標高は約1,000メートル。右写真は当りを付けて辿った産業道路が里芋畑を横切る場所があり、そこからリキリキ渓谷を望んだもの。実際の旧社は写真左端の遥か下方にあるのだが、私は写真の右へ右へと道を辿ってしまった。同写真右側に駆け上がっていく稜線の最高所が石可見山(標高1,621メートル)で、同稜線の左側ピークの裏側にチカタン社(老七佳)がある。写真の一番奥の最高所は北大武山(3,092メートル)で、石見可山を越え北大武山に到る稜線は屏東県と台東県との境界でもある。森丑之助の「生蕃行脚」に「蕃社の位地としては渓に臨み、山間の険隘の地を選み、戦略的に要害の地を相するを常とする」とある。森丑乃助はリキリキ社の位置を凡そ2,000公尺と言っているので、現在の林道との標高差は300メートルぐらいあることになる。尚、リキリキ社、チカタン社を取り巻く地形はこの俯瞰図を参考にして欲しい。
リキリキ社に関しては本ブログで度々言及してきた。纏まったものは「浸水営古道-5」と同15で紹介してあるので参照して欲しい。要は何度も試みたが未だに辿り着けていないという内容である。凡その場所については特定出来ているのだが、リキリキ社は森丑之助の「生蕃行脚」の中で、例えば「パイワン族蕃人として堂々たる大蕃社であって…一般パイワン的土俗は此蕃社で見るを便とする」という具合にかなりの量で紹介されているのを知ってからは、やはり実際当地まで早く辿り着いてみたいという欲求が募り、先日又また出掛けてみた。
台湾のサイト上で公開されている山行記録(今はその殆どが大漢林道、浸水営古道を目指すサイクリストに依るもの)で旧力里はよく紹介されているが、それらは大漢林道(屏東県道198号線)という舗装道路脇に残る小集落で、所謂頭目の住居がある場所ではない。その小集落の切れた場所(大漢林道13キロ地点)に木製の「力里社遺址頭目家」の指示標が「旧古華社」(コワバル社)とお互い逆方向を指しながら立っているのだが、この指示標に従い頭目の家を何度か目指したが、その後は一切の案内板が無い上に、産業道路が幾つも分岐しながら走っているので見当が付かなかった。
大漢林道を更に辿ると六儀社営盤の案内板が立っている場所があり、そこで実際の古道と林道が交わっていることになっており、最近人が歩いた後は全く無いが道らしきものは付いているので、そこから古道をリキリキ社目指して降りて行く方法が最善だと一時は考えていた。が、やはり立派な標識のある方を信頼した方が無難か?という具合に考えあぐねていたのだが、今回は時間が半日しか取れないこともあり、これまで失敗した同じ入口から頭目の家を目指すことにした。
見慣れた件(くだん)の入口に着いて驚いた。パイワン族男性の大きな像と真新しい「老力里部落遺址入口意象導覧図」と表記された木製の立派な案内板が立っている。導覧図中には「日治時期古道」「小社部落」「大社部落」「駐在所」「神社」「公学校文化広場」「頭骨架遺址」等の文字が躍る。わざわざ「老」力里としたのは、現在県道脇に残存する小集落が巷では「旧」力里と定着しつつあるのを意識して、オリジナルの旧社をそう呼ぶようにしたのかもしれない。以前紹介したチカタン社(老七佳>旧七佳>七佳)と同じ用法である。
拍子抜けがした。樹木の間をぬいながら、深い藪を掻き分け、百歩蛇(和名:ヒャッポダ)との遭遇を期待しつつ…が、何これ!?である。まあ、便利になったことは良いことである、労せずして辿り着けるのだから時間の節約にもなるか、と思い直し歩き始めたのだが、結果は…辿り着けなかった。理由はこれまでと同じ、途中に一切の案内が無く、産業道路の分岐が幾つもあるからだ。が、直接の原因は、鳥居龍蔵コレクションのリキリキ社俯瞰写真上の石可見山稜線と旧社との位置関係と、私の頭の中にあった位置関係のイメージとの間に差があったことだ。それと、リキリキ渓が眼下に見える所まで降り切ってしまわなければならないことも、改めて鳥居龍蔵コレクションを見て判ったことだった。コピーを持参するべきだった。(次回に続く)
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