2015年12月05日

パイワン族秘道−89(トアアウ社:現屏東県來義郷義林村大後社)−5

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【写真説明】左写真は、住居群の最高所にある頭目の家と目される唯一完全に残る石板屋。その軒に猪の下顎が掛かっていた(中央写真)。右写真は「糧倉」と云う案内板が付された、復元された高床式の食糧庫、住居群の真ん中辺りに設けられていた。頭目の家と目される住居前は広場になっており、文化生態園として整備された時点で、訪問者の便宜に供した施設があった模様でその残骸がちらほら散在、トイレもある(あった)。各戸の名前を赤ペンキで書いた石板が全戸に立てられていた。但し、漢字のみ。他旧社で遭遇するようなカタカナ書きは見当たらず。尚。農道から入り込んだドン付きの広場は、「大後部落生態図」にある五年祭場の筈で、その奥も細い樹木が林立してはいたが広場の続きになっていた。その広場の農道を背にして右側に確かに奇岩があったので、それが晒頭岩、出草で刈り取った首を白骨化するまで晒していたとの意味であろう。敵首塚があったであろう場所にも踏み込んでいるのだが、筆者の不注意か?倒壊していたか?気付かなかった。(終わり)
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2015年12月12日

パイワン族秘道−90(旧古華、コワバル社?:現屏東県春日郷古華村)

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【写真説明】左写真は、旧古華跡へ至るはずの大漢林道(浸水営古道、県道198号線)13キロ地点から南側に下る農道のドン付きの光景、入口から二十分程度で着いた。このくらい藪が酷いと、その下に住居跡があっても探し出すのは困難。中央写真は、その終点から諦めて農道を引き返し始めてすぐの場所で見付けた唯一の旧古華石板屋跡。右写真は旧古華部落越しに東側を望んだ中央山脈。
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2015年12月19日

パイワン族秘道−91(旧古華、コワバル社?:現屏東県春日郷古華村)−2

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【写真説明】大漢林道14キロ地点に同林道支線の分岐点があり、そこからこの支線を半時間程辿り、途中から山腹に取り付き二十分程で具馬奴と云う奇妙な山名を持つ頂上に至る。左写真はその林道分岐点脇に残されている具馬奴山登山口の目印。ペンキで同山名が記されていたようだが剥落している。中央写真は、林道支線の入口付近の様子。右写真は頂上直下の登山道の様子。古い布条(登山クラブ名などを印刷した布製、ビニール製の目印)しか見当たらず、知る人ぞ知るの低中級山である。
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2015年12月26日

パイワン族秘道−92(旧古華、コワバル社?:現屏東県春日郷古華村)−3

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【写真説明】左写真は、標高1,111メートルと数字の並びが頼もしい具馬奴山頂の様子。拓けているが展望は全く利かない。中央写真は三等三角点。右写真は大漢林道11.5キロ付近から望んだ具馬奴山西側、同写真右手前下方が旧古華跡。
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ラベル:台湾古道 台湾
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