2015年03月07日

パイワン族秘道−72:トクブン社−3

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【写真説明】左写真は、徳文山頂上直下の登山道景観。中央写真は山頂と三角点。右写真は、実際は山頂からの眺望ではなく、郷道31号線から俯瞰した霧台郷方面。同写真手前、山影に写り込んでいるのは現在の徳文村に属するのだと思うが、日本時代の蕃地地形図に従うならば、キヌジヤロン社か?同写真中央は、神山集落、同写真左端に写るのは旧佳暮村、更に左側最奥は下大武集落である。このように、徳文村は、実は佳暮村に隣接している形になっており、日本時代地形図では、南からキヌジヤロン社、トクブン社、上パイワン社の三社が徳文山北東の山裾の狭い範囲に居住していたのだが、現在は徳文村で一括りに思える。筆者の予想が正しいかどうか?は時間が必要だ。
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2015年03月14日

パイワン族秘道−73:トクブン社−4

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【写真説明】左写真は三地門国民小学校徳文分校の校舎正面、中央写真は日本時代のトクブン公学校の初代校長矢野駒太郎記念碑を背中から望み、現在の校舎との関係を示した。右写真は、現在は「矢野駒太郎紀念広場」と称される記念碑の正面写真。
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2015年03月21日

パイワン族秘道−74:トクブン社−5

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【写真説明】左写真は矢野駒太郎紀念広場の正面。同写真に写る案内板全訳は本文記事を参照。但し、特に第三段落、第四段落の後半は意訳が多く、本当に建立者の意図をきちんと使えられているかは大いに疑問。中央写真は碑本体正面、右写真は同碑裏側、剥落が激しく全文は読めない。「昭和七年」等の文字が確認出来る。
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2015年03月28日

パイワン族秘道−75:トア社

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【写真説明】左写真は、トア社入口に設営されたモニュメントであるが、謎が多い。まず、中央石碑のトップには「ラヴァル族群」の表記あり、その通りである。その下に部落名が大書きされているが、「カリヤラン」と読める。しかもこの部分は元々の石碑に刻まれた部落名を隠して黒字のプレートが填め込まれて訂正されている。原住民族委員会の『台湾原住民族資訊資源網』では、大社のパイワン語表記は「Davaran」(ダバラン)である。中央写真は大社国民小学校の校舎の一部、同写真左側に「屏東県三地門郷大社学区」の表記あり。右写真は、同小学校の校門脇にあうモニュメント、モニュメント上の山岳意匠は大武山だと思う。下掲写真は、大社への出入口である郷道31号線と省道24号線の分岐に立つ交通指導標。西ルカイ族居住地へのメイン・アクセス道路である24号線から大社まで12キロあるという意味である。自動車道とは云え、山中の12キロは実に長く山深さが身に浸みる。
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