2012年05月05日

パイワン族秘道−52:大亀文王国−4

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【写真説明】旧内獅頭社跡。初回訪問時はその在り処が判らなかったのだが、普通乗用車で乗り入れが可能なので、草木が定期的に切り払われ家屋跡が保存されている場所が散在していた。左写真は自動車通行可能な道路(産業道路)脇にある家屋跡。同写真中央に写る表示板はこの住居の持ち主とその家族の家系図が示されている。この手の表示板は私がこれまで訪ねたパイワン族旧社では初めて目にするものだ。中央写真は自動車道から離れ更に奥にある住居群へ通じる道で草木が丁寧に刈り取られている。右写真は中央写真奥にある住居跡の一例。尚、これまで掲載した記事の現集落、旧集落の位置関係をざっくり理解して貰えるようダイヤグラムを掲載した。

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2012年05月12日

パイワン族秘道−53:大亀文王国−5

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【写真説明】大亀文王国の中の一つ、「霧里乙」社跡の三枚。筆者の手元の日本時代地形図にはこのままの漢字に「プリイツ」の振り仮名が振られている。内頭獅公学校前から産業道路を辿ること二キロ弱の場所にある。左写真が産業道路上に現れた旧社入口。中央写真は旧社への降り口。右写真の左側が頭目の住居跡だと思う。というのは、阮理事長曰く、旧社跡で最も大きな石板が立てられたのが頭目の家で、自身の家はその隣(隣か、向かい側か?)だと。

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2012年05月19日

パイワン族秘道−54:大亀文王国−6

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【写真説明】左一枚目写真は、自動車駐車地点から約一時間歩いた地点まではバイクの走行も可能、バイク乗り入れ最後地点。7時40分に駐車地点を出発、8時35分にバイク乗り入れ最終地点に着いた。この歩行時間は、「大亀文王国プロジェクト」サイト内の尋根記録と一致する。二枚目写真は、藪を切り払いながら内文社への旧警備道を進む阮理事長。途中、樹相は種々変化する。三枚目写真は相思樹の群生、パイワン族が古来植樹したものだ。右写真、突然松が顕れ驚くが、戦後のものだと思う。バイク乗り入れ最終地点から内文社入口までの旧警備道は崩壊部も多く、藪がすっかり歩道を覆い隠してある場所もあり、少々不便で歩行自体を楽しめない。お陰で、「大亀文王国プロジェクト」サイト内の尋根記録では、この間の歩行は約半時間なのだが、我々の場合、一時間を越してしまった。8時35分出発、9時45分着。歩行合計二時間強で内文社入口へ辿り着いた。この間、これまでの記事を視覚化する為に、内獅村から内文社へ至る簡便なダイヤグラムを掲載した。内文社に位置については、前掲サイト内にあるGPSデータ、東経:120度43分、北緯:22度19分から割り出した。(続く)
posted by 玉山 at 14:52| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

パイワン族秘道−55:大亀文王国−7

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【写真説明】「出迎え」―左写真は内文社入口でまず我々を迎えてくれた茄苳(アカギ)の巨木、その横には榕樹(ガジュマル)の巨木も同時に侍っていた。右写真はこれらの巨木も併せ嘗て日本時代の官舎群が軒を並べていた場所で、旧内文社の最上部に当る。

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posted by 玉山 at 18:32| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする