2010年07月03日

『水の古道』白冷[土川]−3

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【写真説明】左写真は天輪発電所全景。戦後建設されたもの。中央写真は同発電所付近の地図。地図中の「馬鞍堰」が白冷[土川]の現在の主たる取水口。日本時代の取水口は、発電所の大甲渓を隔てて向かい側に位置する。「出水口」と記された付近に重なるのだが、白冷[土川]の取水口のことを指しているのかどうか?右写真は白鹿吊橋、この橋で大甲渓を渡り、オリジナルの取水口に至る。

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2010年07月10日

『水の古道』白冷[土川]−4

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【写真説明】左二枚は日本時代の取水口で、現役である。当時のものがそっくりそのまま使われている。この取水口、大甲渓の水を直接引き入れるのではなく、井戸を堀り伏流水を集める方式のようだ。その直径6メートル、深さ20メートル程の「井戸」の写真も撮ったがピンボケしているのでここに掲載するのを止めてしまった。三枚目はその取水口から宿舎(管理棟?)に上がる階段。右写真は階段を登り切った場所に残る門柱。尚、台湾では「入水口」の文字を用いる。(続く)
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2010年07月17日

『水の古道』白冷[土川]−5

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【写真説明】日本時代の取水口から左写真のような鬱蒼とした樹木の中を潜り抜けると、中央写真に見る「回水記念碑」に辿り着く。そこを歩くのは古道歩きの雰囲気がある。回水とは何か?は本文記事中で説明する。右写真はその「回水」の為に設けられた馬鞍堰。

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2010年07月24日

『水の古道』白冷[土川]−6

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【写真説明】「台湾建築百景」の名を汚すような誠に不出来な写真を三枚並べる。抽藤坑渓2号管と称される巨大なサイフォン、全長約350メートルは、極東随一のサイフォンだそうだ。ところで、この「極東」は日本語であり、英語のFar Eastの訳語である、というのまでは知っていた。実は、この単語、台湾のサイトにある白冷[土川]の説明中に「遠東」とあったのを私が勝手に「極東」としたのだが、間違いはないと思う。極東を「東洋」、或いは「東アジア」と置き換えてもいいのかもしれないが、通常アジアと呼ぶ場合、漠然と中東を外して考えているので、アジア一番でもいいのかもしれない。因みに、中国では専ら「東方」の単語を充てるようだ。

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2010年07月31日

恒春卑南古道(阿朗伊古道)−27

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【写真説明】再度、旧四林格社付近に残る忠魂碑の紹介である。左写真は忠魂碑を裏側から見たもの。碑と土台の大きさが判るようにデイバックとステッキを添えた。中央写真は、忠魂碑正面の全体と最近になって建てられた四林格事件記念碑。右写真は忠魂碑土台の細部。

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