2010年04月03日

パイワン族秘道−29:森丑之助「生蕃行脚」の世界-17

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【写真説明】左写真は「浸水営古道−18:帰崇段−2」で紹介した貯水タンクから帰化門営盤跡への道を少しだけ辿った場所、即ち現代の大漢山林道とリキリキ社へ向かう浸水営古道分岐点から俯瞰した潮州市街地と小琉球。森、鳥居も眺めた風景。中央写真は、リキリキ社上方に設けられた涼亭。ここまで行き着くのに相当な年月を要した。同写真最後方右側雲の掛かった嶺は南大武山。右写真はその涼亭からの眺望。手前の欝蒼とした茂みがリキリキ社上部。真ん中の稜線は石可見山へ繋がる。その稜線裏側にチカタン社がある。最後方の稜線左側にパイルス社がある。三社の位置関係を視覚的に示そうと試みた写真。

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2010年04月10日

パイワン族秘道−30:森丑之助「生蕃行脚」の世界-18

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【写真説明】左写真はリキリキ祠の遺構。祠を支えていた台だと思う。初めて訪れた時はこれが唯一の神社遺構だと考えていたが、実は他にも意外な物が残存しているのを確認したのは第二回目の踏査時である。追って紹介する予定である。中央写真は、リキリキ社上部に残る浸水営古道の様子。右写真は学校(戦前は蕃童教育所)跡から神社へ至る階段を仰ぐ。高度的には神社・駐在所→古道(理蕃道)→学校(教育所)→集落の順番である。

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2010年04月17日

パイワン族秘道−31:森丑之助「生蕃行脚」の世界-19

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【写真説明】森と鳥居の「生蕃行脚」はリキリキ社から始めたのだが、その理由が以下のように述べられている:

「私達は此度の旅行に於て、パイワン族蕃人の調査として先づ手始めにリキリキに赴くことにした。同社はパイワン族蕃人として堂々たる大蕃社であって、これから南にある萃芒蕃[スボン社、屏東県春日郷士文村]にしても、大亀文蕃[内文社を中心とした集落。屏東県獅子郷内文村]にしても下十八社蕃[現在の省道9号線以南の恒春半島に居住していたパイワン族。屏東県牡丹郷、車城郷、、満州郷、恒春鎮]にしても、此社以北の風と大に異った点があり、殊に住家の建築の如きこの以南のものとは全く異にして居る。同族蕃人としての標準的の土俗はこの社の南方と大差あるから、一般パイワン族的土俗が此蕃社で見るを便とする。」

典型的なパイワン族習俗を観察できるのがリキリキ社というわけである。

左写真は学校の構造遺構。戦後の国民小学校時代のものかもしれない。左から二枚目写真は頭目、或いはその一族の住居跡。ガジュマルの大木は圧巻である。左から三番目の写真は、まだ残っていた住居の梁(はり)。何故これだけが腐らずにいまだに残っているのかは判らない。森丑之助に依ると、パイワン族の住居に使われていた樹木は槻(けやき)とのことである。右写真は集落内にある貯水塔。駐在所跡にも同じ様式の貯水塔が残っている。(続く)
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2010年04月24日

パイワン族秘道−32:森丑之助「生蕃行脚」の世界-20

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【写真説明】左写真は駐在所跡。右手に見える案内板は本ブログ記事で紹介する合板製。左から二番目はその駐在所跡に生えているコーヒーの木。日本人が持ち込んだそうだ。三枚目の写真は神社と駐在所を結ぶ警備道、浸水営古道の一部。右写真は大社と小社を結ぶ道でこれも浸水営古道の一段。

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