2009年04月04日

蘇花古道−9

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【写真説明】蓬莱国民小学校から少しだけ朝陽海岸側へ道を辿ると震安宮という大振りの廟があり、その横に今は贅沢に小屋掛けして「羅提督開路碑」が祀られている。左写真奥が震安宮、道路脇のコンクリート製の祠の中に碑が鎮座する。右写真を見ると碑はレプリカのように見えるが、オリジナルのものである。その碑文の全訳を紹介しようと試みたが、筆者の漢文力では読み下せない部分が多く、諦めた。その中に以下の一段があり、通常二字の熟語(斧斤、階級、[石/周]堡、説招)をぶつ切りにしてあるが、道路開鑿に当たり原住民の攻撃、撫順に如何に苦労したかを描く為の、一種の強調句法なのだろうと想像するのだが(旧漢字は改め、句読点を加えた)?:「...兇番伏戌大為民害、大春徴募済師斧之斤之階之級之[石/周]之堡之、叉従而以番説番招撫之...」。尚、碑文では原住民を表すのに「蕃」ではなく「番」の字を充ててあることが判ると思う。

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2009年04月11日

蘇花古道−10

Kodou-351.JPG
【写真説明】サヨンの碑と鐘については読書の皆さんはよくご存知かと想像するので書かない。この碑が元々何処でどのように「発見」されかもよく知られている。今現在は、掲載写真のように現在のブター社を見下ろす位置に立っているが、以前は、筆者の撮影地点より更に後方の道脇に立ててあったのを移動させてきている。理由は判らない。「乙女」と「遭難」の文字だけがやっと読める。旧ブター社は現在の地より南澳渓を西に遡ること二十キロは優にある。今でも地元の方に案内を頼めば入れるはずである。事実、村の古老と思しき方にそう説明を受けた。

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2009年04月18日

蘇花古道−11

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【写真説明】左写真から順に、以下記事説明が続く:

[ルキヨフ(ルキヨー)](タイヤル語地名日本語表記漢音訳:魯基岳夫)
武塔を通り過ぎ暫く進むと再び坂を登り、登り切ると太平洋が見えてきて、ここから先は大濁水渓河口に到るまで海岸沿いを走る。この坂を登り切った場所の公路脇に万年休業状態と見受けられる小さなドライブインがあり、その前は広い駐車スペースになっている。それが上掲の写真。一見何の変哲も無い場所なのだが、このドライブインのある場所がルキヨフ駐在所跡だ。

1932年(昭和7年)に完成した臨海自動車道は断崖脇を走る性格上、片側通行、このルキヨフ駐在所前で待ち合わせ、双方向通行を行っていたそうだ。

[ゴイン](現代地名:鼓音)
蘇花公路上は武塔−大濁水渓河口のほぼ中間点で一箇所だけ道路が山側に入り、そこに大きな石に描かれた観音菩薩が安置されちょっとした駐車スペースがある。この観音菩薩の後方には滝がある。この付近がゴイン駐在所跡だ。「鼓音」も「観音」もタイヤル族の現地名の日本語表記「ゴイン」に引っ掛けたものだ。更に、日本語音でそのものずばり、御恩山という山名でも残っている。

武塔から大濁水渓河口北側の漢本までの公路下は、北廻鉄路のトンネルが、以前は三本(北から、観音、鼓音、谷風トンネル)走っており、丁度このゴイン付近の海岸線でそれら三本のトンネルが顔を合わせていたのだが、2006年になり、これを一本化、総延長10キロ強、台湾で最も長い鉄道トンネルになった。

[ベレフン(ベンフン)](現代地名:谷風)
ゴインを過ぎると大濁水渓河口に向かって下りに掛かる。漢本のセメント・石灰石の為の引き込み線、大濁水渓対岸の約7,000ヘクタールと云われる広大な和平セメント専業区が見えてくる辺りがペンフンで、ベンフン駐在所跡は、公路横の道を海岸側へ降りた所に安検站(港湾・海岸に於ける検査管理所)として残っているが、現在はこの安検站も既に廃棄されている。

大濁水渓は現在は宜蘭県と花蓮県の県境になっており、漢本は、当時この地が丁度蘇澳と花蓮の中間点、即ち「半分」に当っていた為、その漢音訳だと謂われている。大濁水渓は今は和平渓と改められているが、これは現在の彰化県と雲林県の県境を西海岸(台湾海峡)側に流れ込む濁水渓と紛らわしかったからだそうだ。北廻鉄路は一気に大濁水渓を渡るが、蘇花公路の方は一端上流側に迂回し澳花村(日本時代:大濁水)の横を対岸の小克宝村(日本時代:キネボー)に渡る。(メルマガ「台湾の声」2007年6月15日掲載分の一部を改編:終わり)
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2009年04月25日

蘇花古道−12

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【写真説明】グークツ駐在所。こういう形で日本時代の駐在所が残っていることは甚く驚いた。最初に訪ねたのが2006年10月、その時は次回も必ず寄るからと約束し、翌年の旧正月2007年2月に再訪したが、お孫さんを連れて帰省していたお嬢さんが出て来て「母は花蓮の方へ出掛けている」とのことであった。その後当地まで足を運ぶ機会が無い。早いものでもう二年を経過した。

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