2009年03月07日
『水の古道』美濃水橋(4)
【写真説明】『水の古道』というカテゴリーを設け、そのカテゴリー下に入る記事を整理している最中に、今は高雄県の古蹟に指定されている美濃水橋の設計者、岡田安久次郎の碑文は「改竄」されていると過去の記事で何度か言及しながら、実はその碑自体の写真を未だ掲載していないことに気付いた。実に間の抜けたことをしたものだ。それでもう一回美濃水橋の記事を掲載することにした。但し、ここに掲載する写真は当時土砂降りの中で撮影したものなので写りが悪い。勘弁して貰いたい。
左写真は水橋の袂に立つ「水橋改築記念碑」、中央写真はその裏側に刻まれた碑文。改竄は稚拙なのだが、読者には判りにくいと思うので解説をしておく。碑の元々の全文は以下の通り:
「大正拾五稔五月起工 昭和三年四月竣工 設計監督 技手 岡田安久次郎 工事仕立人 天野政一」
さて改竄されている部分は起工・竣工の年号である。「大正」と刻まれた部分にセメントが塗りこまれ「(中華)民国」に代えられているが、大正の年号と中華民国年号は偶々一致している、つまり、大正十五年=民国十五年(1926年)なのである。それでそれ以下の数字は運良くそのまま使えたわけである。さて苦しいのは竣工の年号である。大正は十五年で終わったので、昭和に入ると中華民国年号とは合わなくなった。昭和を塗りつぶしたのはいいが、「三」の真ん中の一を塗り込め、上下の一に短い縦棒を通して「十七」と代えている。これだと辻褄が合う。
右写真は、水橋を渡ってきた水が美濃の街中に流れ込む様子である。今でもこの水路端で洗濯が出来る…というのは冗談である。(終わり)
2009年03月14日
恒春卑南古道(阿朗伊古道)−22
【写真説明】更に脱線が続く。実はここに掲載する写真が到着するのを先週末心待ちにしていたのである。今回掲載した写真はその写真が届かなかった為、窮余の策として借り物を掲載した。写真とは地中に埋もれた(どんな状態なのかは皆目見当が付かなかったが)「征蕃役戦死病歿者忠魂碑」の一部である。読者の中にも実際征台の役の石門古戦場跡にある小高い山(虱母山?)の頂上まで足を運んだ方がおられると思うが、そこに嘗ては「西郷都督遺績紀念碑」と並び立っていた。現在の様子は、「恒春卑南古道(阿朗伊古道)−7」で紹介した。そこに掲載した写真手前に土台だけが残されている方に忠魂碑は立っていた。今はその石碑部分は消失しており、私は嘗てその山の頂上の縁を一通り調べたことがある。もう六、七年前のことである。当時、石碑は頂上付近の地中に埋もれておりその一部が露出しているというのを何処かで読んだことがあったからである。
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2009年03月21日
蘇花古道−7
【写真説明】左写真は蘇花公路上の白眉の一つ、東澳慶安堂兼「蘇花公路開路英雄世代永生記念園」からの東澳の海岸線と鳥石鼻を望んだもの。ここでは何時も逆光になってしまうのでこの程度の写真が関の山であるが、海の色の鮮やかさは見てとれると思う。本来は慶安堂に安置されているもともとは日本時代の小振りな遭難碑の写真を掲載したかったのだが何とも間抜けなことに見付からない。それで仕方なく右写真の無粋な碑を掲載し、記事本文中に借り物の写真を埋め込んでおいた。「開路英雄世代永生」と刻みながら日本人遭難者のことを想ったかどうか?
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2009年03月28日
蘇花古道−8
【写真説明】今は朝陽という地名になっている南澳渓河口には小さな港が付設されている。日本時代は「浪速」(なにわ)という地名だった。朝陽とは誠に響きの良い地名であるが、その由来は判らない。この「なにわ」は今は「娜娘」という漢音訳で残る。それが左写真である。中央写真はその港の風景。右写真は、朝陽の小さな小さな繁華街の中を通る朝陽路脇に残る浪速駐在所の跡地である。この朝陽地区は日本時代には銅、水晶、胆礬(たんばん:カルカンサイト)、翡翠採鉱の為の坑道が築かれ、海岸部には銅鉱跡が残ることを後で知った。因みに、同じ南澳渓河口、朝陽の南隣は「海岸」という地名で、これは日本時代から引き継がれている。
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2009年03月30日
恒春卑南古道(阿朗伊古道)−23
【写真説明】私は毎週土曜日に本ブログ記事をアップすることにしているが、今回は特別記事である。前回記事「恒春卑南古道(阿朗伊古道)−22」で、「征蕃役戦死病歿者忠魂碑」は、その一部が現在同碑の台座と「西郷都督遺績紀念碑」が並び立つ虱母山(?)頂上の何処かに埋まっているはずだと書いた。昨日(3月29日)、G博士、T博士がそれを「発見」したとのニュースを受けたので、この両博士の快挙に敬意を表する意味で、早速T博士になる写真をアップすることにした。私自身前回の記事で書いたように七年程前から探していたものである。
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