2007年10月06日

能高越嶺古道−14:マヘボ社

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【写真説明】左写真は、前回紹介した富士温泉由来の石碑の横にあるセデック族の女性のモニュメント。盧山温泉の紹介には必ず出て来る。右写真は盧山部落(旧ボアルン社)に登る途中で撮影した盧山温泉の一部と旧マヘボ社全景。写真に写っている温泉街はタロワン(塔羅湾)渓沿いに作られているが、写真中央付近にマヘボ(馬海僕)渓が流れ込んでおり、この合流地点に盧山温泉郷のシンボルとも言える盧山吊橋が掛かっている。
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2007年10月13日

能高越嶺古道−15:ボアルン社

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【写真説明】左写真は霧社事件当時の蜂起蕃の一つ、旧ボアルン社とその漢音表記である母安山(標高1,528メートル)、現在は南投県仁愛郷精英村に属する。旧富士社であるが、富士社になったのが何時なのかは判らない。霧社事件後のことだと思う。富士とは母安山のことで写真で見るように車で頂上まで上がれる。
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2007年10月20日

能高越嶺古道−16:能高越嶺古道登山口

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【写真説明】左写真は古道入口に向かう「十三湾」と呼ばれる九十九折(つづらおり)。写真を斜めに横切る稜線下の白い螺旋(らせん)状の線が道路である。同写真中央の点状に写っているのは盧山温泉の建物群、その右上は旧ボアルン社。中央写真は古道入口に立つ能高山とその登山者をデザインに使った古道の標示。右写真は、登山道入口から暫く辿った付近の何とも心細く危険な登山道情況。登山道は同写真中央やや左に写る樹木の下から撮影者の側へ延びている。一度大雨が降ると容易に消失してしまう。同写真左下は崖である。今はマウンテンバイクに依るハイカーが多くなっているが考えものだ。
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タグ:台湾 古道
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2007年10月27日

能高越嶺古道−17:富士見駐在所

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【写真説明】左写真は防災対策の一環として最近付設されたと見える携帯電話通話可能地点の標示板。台湾にも幾つかの携帯電話のキャリアがあるが、山中までカバーしているのは中華電信のみだと思われる。台湾に来た当時に私が加入したキャリアでは山中で全く使物にならず中華電信に替えたことがある。防災対策と云えば聞こえはいいが、乱用されると実際救援に向かう関係諸機関にとっては迷惑この上無い。携帯電話網の発達のお陰で、日本では山中ちょっと足を挫いたぐらいで救援を求める登山者がいるとのことを聞いたことがある。非常識というより余りにも責任感が無さ過ぎる。中央写真は富士見駐在所跡地と思われる地点。「富士見」と云えども今は樹木と草薮で全く展望が利かない。右写真は雲海に浮かぶマヘボ富士山。どの山がマヘボ富士かは容易に見分けられると思う。
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