2006年09月10日

『水の古道』美濃水橋(2)

Kodou-10.JPG【写真説明】竹子門発電所を過ぎ、六亀郷に入ってすぐ、県道が西勢渓を渡る所に新寮橋が掛かる。この橋の袂に古い橋桁が残り、民家の一部になっている。この橋桁に「大正十四年三月竣工」の銘があった。この民家の住人がここを立ち退けばこの橋桁は撤去される可能性が大きい。
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posted by 玉山 at 15:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 『水の古道』美濃水橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

六亀特別警備道(扇平古道)−8

Kodou-11.JPG【写真説明】高雄十名山の一つ、旗尾山(標高318メートル)の山頂。写真左下後方に、自然石の上に立つ「昭和十四年二月十一日建立」の銘を持つ「旗尾山祠」が見える。表、裏とも摩滅が激しく又落書きも多い。後方の建築物は涼亭と呼ばれる展望台。旗山、美濃両鎮を360度カバーする最高の展望所である。現在山行者に旗尾山と呼ばれ三等三角点を持ったこの山、台湾の地形図上には標高のみ記載され山名の記載がない。地形図上では、この山頂から北に延び旗山鎮と美濃鎮の境を走る山群を旗尾山と総称しているようだ。
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posted by 玉山 at 15:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 六亀特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

霞喀羅古道(石鹿古道)−1

Kodou-12.JPG【写真説明】新竹県五峰郷清泉温泉から石鹿林道を辿り西側古道入り口三キロ前に立つ道標。初めて訪ねた2004年5月当時、写真に見るように登山道手前数キロと登山口に新しい道標、案内板の整備がやっと終わろうとしていた。問題は、このような道標に辿り着くまで省道、県道上に殆ど古道への表示が無いことである。高雄市の観光関連の道標も一新され出したのもここ数年であることを考えると、予算の関係であろう。清泉温泉で県道122号線から石鹿林道への入り口を数人に聞いたがなかなか要領を得る回答戻って来ない。「古道の入り口はどこか?」と聞いてもである。但し、古道上の道標、案内板は立派である。
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2006年09月23日

霞喀羅古道(石鹿古道)−2

Kodou-13.JPG【写真説明】石鹿側から入り最初に出会う田村台駐在所。写真で見るように、戦後ヒノキが植林されている。駐在所の石垣は見事に残存しており、植林はされてはいても当時の駐在所の範囲は平地のまま残されている。田村台駐在所の場合、建造物が嘗て存在したであろう平地の広さは誰でもがそれと認識出来るが、この古道上のそれ以外の駐在所跡は注意深く観察しないと嘗て建造物が存在したことを想像するのは難しい。建造物そのものが残存している例が少ないからである。
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2006年09月30日

霞喀羅古道(石鹿古道)−3

Kodou-14.JPG【写真説明】松下駐在所跡と思われる平坦地で休憩するハイカー。「思われる」と書いたのは、表示がないので私が勝手に特定したものである。林務局が設置した古道入口の案内板に松下駐在所の表記は無い。これまで書物、山行記録等色々見てきたが、駐在所の位置と当時の名前に関し最も正確な情報は、上河文化製作、林務局出版の「国家歩道系統導覧図」(2003年11月出版)であろう。但し、このシリーズ、僅か四本の歩道しかカバー、販売されていない。私がこの古道を歩いた時には残念ながら持ち合わせておらず、後追いで色々想像するしかなかった。
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posted by 玉山 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 霞喀羅古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする