【写真説明】左写真は古道東段起点、台東県海瑞郷(日本時代のハイトワン社)入口。旧警備道はここから新武呂渓を遡る。中央写真は、新武呂駐在所跡、現在の新武で見付けた。トタンで葺かれているが以前の駐在所の建物をそのまま使っているのには驚いた。一般のハイカーにとっは、関山越嶺古道=中之関古道、嘗ての全長170キロのうち僅かに4キロ弱を切り取ったに過ぎない。何故この段だけを千切ってきたかは、やはり古道西段が国家公園に内包されるからだろう。東段でこのくらいの古道を切り取ってくるのは然程難しいことではないとは考えている。但し、では東段の何処に古道が走っているかは一般向けの紹介で探し出すことは難しい。毛利之俊原著「東台湾展望」の中文復刻版を手元に、数度丁寧に南横沿線を辿ってみたことがあるが、なにせ、時間が余りにも限られている。写真は東段下段で車を運転しながら偶々見付けた東段の一部で、場所は嘗ての新武呂(現在の新武)とカホワザン(現在の嘉賓)の中間付近、自動車道左側岩壁上方に開鑿された警備道が見えている。正に今回の記事で紹介する「サクサク道路」だった部分だ。
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