2009年07月11日

パイワン族秘道−14:森丑之助「生蕃行脚」の世界-2

Kodou-387.JPG Kodou-388.JPG Kodou-389.JPG
【写真説明】「生蕃行脚」の中で多くの記事が割かれているのは、リキリキ社、ボガリ社、クナナウ社の三社。東京大学総合博物館所蔵「東アジア・ミクロネシア古写真資料画像データベース」の鳥居龍蔵台湾コレクションの中で、これらの社名がキャプションに入った写真は各々、3枚、5枚(但し、「ボカリ社」)、2枚しかないが、これらの写真番号の前後を丁寧に見ていくと、もっと多く撮影されているのが判る。但し、上記の合計10枚は撮影年が入っていない。「生蕃行脚」の地を森丑之助が鳥居龍蔵と訪ね歩いたのは1900年、上記コレクションを1900年で検索すると22枚が出て来るが、「生蕃行脚」の地関連は僅かに内社(ライ社)のものが一枚あるのみである。上掲写真は同コレクションからの転載、左から順に、リキリキ社、ボガリ社、クナナウ社での撮影。これら三社は本ブログでもかなりの記事で触れてきたので、興味がある方は、左側メニュー、トップの「記事検索」を利用して欲しい。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

パイワン族秘道−13:森丑之助「生蕃行脚」の世界-1

Kodou-385.JPG Kodou-386.JPG
【写真説明】茄苳樹の大木、鳥居龍蔵も森丑之助も必ず見ている。ブツンロク社(現屏東県来義郷文楽)とボガリ社(現屏東県来義郷望嘉)を結んでいた当時の理蕃道は今は産業道路になっているのだが、この大木の辺りまで以前は車で乗り入れていた。今は入れない、途中が崩壊している為だ。右写真も同地点、当時の森丑之助一向も同じような井手達だったかもしれない。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

『水の古道』二峰[土/川](4)

Kodou-384.JPG
【写真説明】來義国民小学校の図書館に仮安置されている鳥居信平の銅像。今週火曜日6月23日、T博士の撮影である。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 08:29| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』二峰[土/川] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

恒春卑南古道(阿朗伊古道)−25

Kodou-378.JPG Kodou-383.JPG Kodou-377.JPG Kodou-380.JPG
【写真説明】左一枚目は、2003年2月当時、宜蘭庁長官舎周辺に残されていたぼろぼろの日本家屋の一例。二枚目は、復元された宜蘭庁庶務課長官舎、2009年5月の撮影。同じ家屋かどうかは自信が無い。三枚目は、宜蘭庁長官舎付近に残されていたもともとは日本時代建設の監獄の外壁。奥は監視塔。同じく2003年2月撮影。付近の再開発にも拘わらずこの監視塔は廃棄されずに今はモダンな多目的コンプレックスの横に移されていて驚いた。同じく2009年5月撮影。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 恒春卑南古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

恒春卑南古道(阿朗伊古道)−24

Kodou-381.JPG Kodou-382.JPG Kodou-379.JPG
【写真説明】嘗ての宜蘭庁長官舎で今は「宜蘭設治記念館」として一般に開放されている。何故いきなり恒春から宜蘭に飛んで来たかは、本文を参照。日本時代の木造建築物を修復・復元し、歴史遺産・文化遺産として保存している例は台湾の各地で見られるが、ここ宜蘭市中心に位置する宜蘭設治記念館とその周辺の整備状況は恐らく台湾で随一であると思う。有料だが、わざわざ中に入らずとも、当時のままの庁長官舎を囲む石塀が低い為、中の様子がよく見て取れる。これら二枚は塀の外から撮影した。右写真は、その石塀の模様。清朝営盤に見られる典型的な「人」文字型の石組みであるのだが、何故それが台湾総督府下の日本人顕官の宿舎の壁に使われているかは判らない。同地の清朝役人の邸宅敷地を襲って庁長舎にしたのかもしれない。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 恒春卑南古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

『水の古道』美濃水橋(5)

Kodou-375.JPG Kodou-376.JPG
【写真説明】このシリーズの(1)と(4)に掲載した美濃水橋自体の写真は雨の日に撮影されたものである。そこで何時かは晴れた日に撮影したものを掲載したいと望んでいたが、今はそうそう機会がない。そこでT博士にお願いした。今回掲載の写真二枚はT博士撮影のものである。今後はこのように、自身で出掛けられず他人に調査・踏査をお願いする機会が増えてくると思う。それはそれでよいことだと思う。

まず水橋と云いながら、どんな形をしているか、シリーズ(1)の写真では想像が難しい。その種明かしが左写真である。繰り返すが昭和3年(1928年)の竣工で、その当時のままである。水橋改築記念碑が写真右奥、橋の向こう側の右袂に写っている。

左写真は、シリーズ(4)の右側写真と同位置、水橋を背にして撮影したもの。奥に人頭山(標高390メートル)が写っている。獅子頭[土/川]が今現在どういう利用の仕方をされているか、その一端を示している。(終わり)
タグ:台湾
posted by 玉山 at 00:00| 台北 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 『水の古道』美濃水橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

蘇花古道−17

Kodou-372.JPG Kodou-373.JPG Kodou-374.JPG
【写真説明】左写真は瑞穂温泉入口に立つ看板。「日本時代の警察招待所」というキャッチでお客を呼べるところが台湾の良さである。で、その警察招待所はいまだに健在である。床下の構造を見れば判る。それが真ん中の写真。右写真は花蓮県の紅葉温泉のお馴染みの入り口。色々な写真を見たが、どんどんけばけばしくなっていく。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘇花古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

蘇花古道−16

Kodou-366.JPG Kodou-367.JPG Kodou-368.JPG
【写真説明】新城は嘗て第四代台湾総督佐久間左馬太の号に因む研海支庁の庁舎が置かれた場所である。当時の建物は残っていないが、庁舎を囲んでいた門柱、コンクリート塀は当時のままである。右写真は研海支庁舎を襲った警察署。中央写真は当時の門柱と塀。右写真は、警察署の向かい側に残る廃屋となった新城村弁公処。日本時代、支庁舎の一部だった可能性が高い。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘇花古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

蘇花古道−15

Kodou-363.JPG Kodou-364.JPG Kodou-365.JPG
【写真説明】新城にはいまだに日本時代建築の民家が目立つ。日本人観光客の目を楽しませてくれるかもしれないが、結局は経済的な賑わいは南隣の花蓮市の方へ集中してしまい、取り残されたからと言えるかもしれない。左写真の写真屋さんは日本時代から代々写真屋を営んできたのではないかと勘ぐらせてしまうぐらいに古い。今のデジタル化の大波もここまでは届きそうもない。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘇花古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

蘇花古道−14

Kodou-361.JPG Kodou-362.JPG
【写真説明】蘇花公路・和仁休憩所から僅かばかり蘇澳方面に戻るカーブ脇に道路建設に因む殉職碑が二基並んで立っている。左写真右側の碑が戦後のもの、左側の碑が日本時代のものである。右写真はその日本時代の遭難碑の拡大写真であるが、あれれ?である。「(中華)民国十一年立」、「民国四十六年修復」とある。民国十一年立、つまり大正十一年(1922年)設立ということだが、良心と考えるべきか?傷みが酷かったので修理してあげましたという意味だろうか?因みに民国四十六年は昭和三十二年(1957年)である。同写真上部を見ると判るが、日本時代の碑が僅かに頭を覗かせている。大正時代設立時は、五十一名の犠牲者の冥福を祈ったものである。同写真左奥に写るのは、和仁休憩所の駐車場である。

[写真をクリックして拡大] 本文へ...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘇花古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする